東京大学大学院 工学系研究科 マテリアル工学専攻 星野研究室

研究内容

近年は、新興国をはじめとする世界全体の急速な経済発展に伴い、地球温暖化問題等の環境・エネルギー問題に加え、世界中で基盤材料(鉄・アルミ、銅、マグネシウム等)の大量消費による原料資源の枯渇または供給不足が深刻化する懸念、これに対応した資源国のナショナリズム(輸出抑制)等の課題が顕在化している。

今後の基盤材料産業分野では、こうした複数の課題や要請を俯瞰した上で、将来を見越して各課題等に同時に対応していく高度なマネジメントが求められる。とりわけ、環境問題と表裏一体である資源問題を同時に解決する方向が「資源循環社会」の確立である。

効率的な資源循環社会の構築のためには、基盤材料の開発・生産・廃棄及びエネルギー消費、リサイクルを含むライフサイクルの視点でのアセスメントを精緻に実施するための数々の課題の抽出、分析手法の開発のための工学的研究が必要である。

こうした背景を踏まえ、当研究室では、鉄鋼材料をはじめとする基盤材料の生産、消費、廃棄、再生のライフサイクルの解析を通して、地球規模の環境問題と資源問題の分析・評価を行うための手法として、ライフサイクルアセスメント(LCA, life cycle assessment)やマテリアルフロー分析(MFA, material flow analysis)を基礎とした様々な分析ツールを開発している。基盤材料の品種毎(例えば金属であれば合金別といった詳細な分類毎)の、リサイクル後の含有不純物元素の制約を考慮したマテリアルフロー分析をする手法を基礎として、産業・経済との連携の中で資源循環を最適化させる方向性を見出すための工学的な解析評価手法の研究を行い、研究結果に基づいて産業界へのアドバイス、政策提言等の情報発信に繋げていくことを目標としている。

基盤材料のリサイクルを考慮したマテリアルフロー分析

主な研究テーマは,以下の4テーマに取り組んでいる。

  1. 基盤材料のリサイクルを考慮したマテリアルフロー分析(MFA)
  2. リサイクルの際の不純物元素の混入経路の解明と濃化の将来予測
  3. 金属材料のリサイクルを考慮したLCA分析手法の構築
  4. 脱炭素社会への転換による基盤材料の利用の持続可能性(クリティカリティ:供給安定性)の将来予測

これら4つの研究テーマを進めるにあたっては,材料工学,確率・統計学等の理論、数理モデル工学、熱力学の知識を組み合わせることが必要となる。研究成果を政府・産業界に提言し、持続可能な金属素材の利用、資源循環型社会の枠組み構築の実現のための基盤マテリアル利用の今後の方向性を打ち出す。

基盤材料のリサイクルを考慮したマテリアルフロー分析(MFA)

マテリアルフロー分析(MFA)とは、あるまとまりのある「システム(国、地域、企業等)」内における一定期間内の物質の流れ(投入・排出・循環)を、定量的に分析する手法である。対象とするシステム内に投入された物質の量、システムの外に排出された物質の量、循環利用された物質の量などの流れ全体を把握する。

循環型社会を構築するには、対象とする地域への資源の投入量とそこから産出される製品・廃棄物等の流れを定量的に捕捉し、リサイクルの流れを把握しながら、最適なモノの利用の流れを構築していく必要がある。大量の物資と経済社会、環境問題・資源エネルギー問題との関係を分析するには、経済主体間の物質やエネルギーの流れを定量的に把握することが不可欠であり、そのための手法として、マテリアルフロー分析は循環型社会に向けての「羅針盤」と言える。近年、環境と経済を統合した分析の重要性が高まる中、持続可能な発展の指標開発のための情報基盤としてマテリアルフローがLCA手法と共に再び注目されつつある。まさに、持続可能な社会の実現に向けた、基盤的研究分野と言える。

例えば、研究対象素材がリサイクルされる場合のフローを全て含めた合金別の精緻なマテリアルフローの推計・作成手法をベースに、数理モデルや分析手法の研究開発を用いて、具体的な金属(鉄鋼材料を中心に、非鉄金属やその他の基盤材料)を対象にケーススタディ的に分析し、開発した分析モデルが、材料の種類に拘らず適用できることを確認している。

また、マルコフ連鎖モデルを日本国内における鉄鋼材のマテリアルフローに応用することで、使用済み製品の回収率、製品の寿命分布、製鋼歩留まりといった要素を包括的に評価する指標とその導出法を構築した。本研究の手法は銅素材、アルミ素材といった基盤材料一般に適用可能なものであることを確認した。

素材ライフサイクルの概念図
素材ライフサイクルの概念図
アルミの圧延材のスクラップを含めたマテリアルフロー

アルミの圧延材のスクラップを含めたマテリアルフローを分析し、不純物元素の観点から最適なスクラップ・フローを解析した。アルミ合金のフローでは、サッシから3000系へのリサイクルはケイ素、鉄、銅が制約になるが、制約元素の少ないエンド・タブ材が混ざったアルミ缶と新地金の希釈により同様にリサイクルが可能という示唆を得た。

リサイクルの際の不純物元素の混入経路の解明と濃化の将来予測

基盤金属のリサイクルを促進する上で最大の課題は、使用済み製品からの金属スクラップ回収時に、他素材の混入が不可避であり、この不純物の混入をどう防ぐかである。
金属の場合は、スクラップ回収時の他素材・合金系の分別が不十分だと意図しない不純物が混入要因となる。これらの混入元素のうち、一旦混入すると再溶解プロセスで分離できなくなる元素は、リサイクルを繰り返すと徐々に濃化しる可能性がある。それにより母材の品質が低下し、最後にはリサイクルでその素材を再利用できる用途が限られてしまうことにより、持続的な資源循環社会が成立しなくなる。

本研究室では、数理モデルを用いてリサイクル制約が起こりうる時期を予測する手法の研究を行っている。また、そうした不純物元素がどのようなルートで混入するのか、マテリアルフローのどの部分をどう変化させれば、あるいはどのような技術をいつ頃までに開発すれば、持続可能なリサイクル社会となるか等を工学的に分析し明らかにしていく。

定常状態でのリサイクルを想定した鉄網材の循環利用モデル
定常状態でのリサイクルを想定した鉄網材の循環利用モデル

金属材料のリサイクルを考慮したLCA分析手法の構築

上述した精緻なマテリアルフロー分析を行った後、材料のライフサイクルの視点から環境負荷(特にCO2排出量)を定量評価する。

LCAにおいては、循環材料のインベントリ分析に必要なデータとしての使用済み回収率(End-of-life recycling rate: EoL-RR)の導出手法、金属素材のリサイクルを考慮したLCI評価手法の一般化手法を確立した。

脱炭素社会への転換による基盤材料の利用の持続可能性(クリティカリティ:供給安定性)の将来予測

脱炭素社会の達成に向けては、省エネルギーを含むエネルギー転換や製品の大転換が必要になるため、今後普及拡大が見込まれる再生エネルギー発電や電気自動車の製造に欠かせない金属(銅、ニッケル、コバルト等)は、世界的に大幅な需要の増加が予測され、入手が困難(供給不足)になる可能性がある。日本は金属資源の調達を国外からの輸入に頼らざるを得ず、増加する需要に対応して鉱物資源の安定的な確保を行う必要がある。鉱物資源の安定確保のためには、個々の金属の供給リスクに応じた調達戦略を策定する必要がある。このような理由から、金属資源のリスク評価手法の研究を行っている。

供給リスク
各金属のクリティカリティ変化